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序 *
蘇芳香 *
秘色 *
浅葱 *
千草 *
黒鳶 *
白緑 *
青碧 *
紅樺
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日に焼けた畳の目をひたすらに追った。
僅かに目線をずらすだけで視界に入るであろう位置に裄燈が横たわっている。
すぐるは彼を直視出来なかった。
部屋に足を踏み入れた時目に飛び込んできた白。
もとより細すぎる体にぐるぐると巻かれた包帯は余計に痛々しさを強調している。
右肩から左腰にかけて、袈裟斬り。己が招いた事態ながら、惨い状態だった。
「アンタ。 許さないから……!裄燈を、これ以上まだ傷つけようっていうの!?」
「石榴。やめなさい」
すぐるに掴みかかりそうになった石榴を槐が制した。石榴が驚愕に目を見開き片割れに向き直る。
ぴしりと空気が凍えた。俯いた槐の表情は見えない。
「だって、槐。裄燈が。 槐は、平気なの!?」
止められるとは思っていなかったのだろう。唯一の主を失いかけたのだ。すぐるはゆっくりと俯く。
裄燈に怪我をさせた当の本人も、一、二発は殴られる覚悟をしていた。
「……私に、それを訊くの?石榴」
す、と顔を上げて槐が石榴を見据える。同時に石榴の体が大袈裟に跳ねた。
しんと静まった空気に耐えかねてすぐるも顔を上げると、目元を赤くした槐と目が合った。
彼女が裄燈の手当てをしながらひとりで泣いていたことに、石榴も気付いたのだろう。
ややあって、ごめん、とか細い謝罪が聞こえた。これほど憔悴した彼女等を見るのは初めてだった。
―― 石榴と槐は見事に対を成している。
冷静沈着で何事も卒なくこなす槐に、喜怒哀楽の表現が激しく手先の不器用な石榴。
しかし彼女等の姿容(すがたかたち)がそうであるように、似通った一面も持つ。
その共通点が、「裄燈」という人物だ。彼への執着心にも似た愛情は、どちらも同じ。
それは長年彼女等を見てきたすぐるにもよく分かっていた。
―― 其れほどのことをしたのだ。
すぐるは、もう何度目とも知れぬ罪悪感に苛まれる。
其れ程の事をした。にも関わらず、失敗に終わった。
藤堂の書庫も、分家に散らばった資料も、全て調べ尽くした。これ以上どうすればいい。
ぎゅうと膝の上で握った拳がぶるぶる震えた。
藤堂の最深部を知る者なら。あの男なら、何か解決策を知っているのではないか。
ふと部屋の外に気配を感じた。足音も無く、ただ突然に生まれた気配。
この屋敷内において、こういった登場をするのはごく限られた者のみ。
――藤堂。
「よお。こりゃ、皆さん御揃いで」
間近に声がして振り返ると、たった今脳裏に浮かんだ人物が其処に立っていた。
時折陽の光を新緑色に反射する漆黒の髪、濃い碧に縁取られた瞳。
軽く両腕を組んでこちらに意地の悪い笑みを向けている。
――兄だ。
彼はぐるりと部屋を一望し、一向に目を開かない裄燈へと視線を留めた。
一拍置いてすう、と目を細める。口角が釣り上がる。ぴりぴりと空気が震えた。部屋全体に広がる、殺気。
「……覚悟は出来てンだろ?すぐる」
「とうに。どうせそのつもりで帰って来たんだろう」
今日という一日は、恐らく人生で一番長い日になるだろう。どちらともなく笑んで、ふたり部屋を後にした。
まだ、日も明けたばかりである。
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