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序 *
蘇芳香 *
秘色 *
浅葱 *
千草 *
黒鳶 *
白緑 *
青碧 *
紅樺
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随分と久しく思える故郷の土を踏む。心做しか指先が震えた。武者震いだ。そう自分に言い聞かせた。
……元気にしてるかな。
ゆうが真っ先に赴いたのは藤堂邸ではなく、その敷地傍に別宅のようにして建つ東神の屋敷だった。
待つ人の居ない我が家に篭るよりは、あの素っ気無い相棒に挨拶のひとつでもした方が、帰ってきた気がするというものだ。
薄々分かってはいたが引き止めても貰えない寂しさを誤魔化して家を出たのは丁度三年前。
――三年。俺は、お前にそれだけの時間をやったよ。
誰にとも無く呟く。そう、ゆうは三年も与えてやったのだ。裄燈に、我が弟に、そして己に。
羽を伸ばすには十分な時間だ。考え事も十二分に纏まった。多分。あとは役者ときっかけだけ。
天上天下唯我独尊。いつだったか弟が投げてきた捨て台詞だ。あれは結構効いた。
藤堂のデカイ器に我を忘れ、裄燈を振り回すだけ振り回した。奴の言い分はコレだ。
そりゃ否定はしないが、何も知らないくせに何を言うんだコイツはと。
思って、とんでもないことに気づいた。そうだ。何も知らない。
自分だって、裄燈や弟のことを何一つ知らない。ああ、そうだ。
何もかもを分かった気になって、お前は知らないくせにと悲劇の主人公ぶって、総て自分で勝手に決断して勝手に押し付けた。
驕ってたんだ。許容してもらえると。
好きにしろ。その間のことは何も言わない。
最後にこれだけ、押し付けを残して、藤堂の、裄燈の元を去った。
弟は何を導き出した。裄燈は何を得た。
この好奇心だけが進みたくない本心を押し潰してゆうの背中を押す。
一歩一歩がもどかしく、つい裄燈の自室前まで「跳んだ」。
廊下に足をつけてから、東神邸内でみだりに「力」を使うなと窘められたことを思い出した。
まあ良いか。
三年の間により一層自分に甘くなったなとのんびり構えて、久方振りの友人に熱い抱擁でもくれてやろうと身を乗り出した。
途端ぴりっとした空気が肌を震わせた。
「よお、こりゃ皆さんお揃いで」
だだっ広く生活感の無い和室。中央に屋敷の主が横たわり、顔を合わせるといつも牙を剥いていたお付が二人。傍らに項垂れた背中。
軽く両足を交差させて障子に凭れ掛かった。
へぇ、ふぅん。こういう方法をとった訳か。
裄燈の残念そうな顔でも拝んでやろうと改めて中央へ向き直れば、視線の先には痛々しい白の包帯。
オイオイ、好きにしろとも何も言わないとも言ったが、これはちょっと過激なんじゃない?
「……覚悟は出来てンだろ?すぐる」
意外性のある奴は嫌いではないが、己の物を傷つけられれば怒る。何も言わないが怒るよ俺は。
「とうに。どうせそのつもりで来たんだろう」
威嚇するような言葉の端には微々たる罪悪感が見てとれた。失敗した。そして済まないと思っている。
それだけの進歩か。ゆうが弟に向けたのは、憐れみと同情。ゆうもこの三年で己の意思を変えることは出来なかった。
頑固なとこは兄弟皆同じだなあ、オイ。
これは父親譲りか、と苦笑した。すぐるも笑っていた。
きっかけは出来た。残るは役者を揃えるだけだ。それも直ぐに追いつくだろう。
ゆうは覚悟を決めて部屋を後にした。先程まで明々と照らしていた朝焼けはなりを潜めていた。
始めようか。今度こそ、皆で導き出した結果だ。
やっと迷いが消えた気がした。
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